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| ■遠州歴代宗家(系統図) | |||||||||||||||
| 流祖小掘遠州公は茶の湯を古田織部正重に学ぴましたが、後に茶道遠州流の祖と仰がれ、徳川三代将軍家光公の師範という名目で江戸城に迎えられています。もちろん、利休の佗茶よりも華美な茶の湯がその風だったといえましょう。 公は和歌、書道にも通じ、造営奉行としての建築と庭造りでも有名ですが、とうぜん、花も茶花としては華麗なものをいれていたと思われます。この遠州公の思想と美の心をいけばなによって伝えているのが遠州の華道なのです。 |
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![]() 正風挿花岸松・古今切紙口傅・挿花千歳松 等 |
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| この遠州の花の思想と花姿は、春秋軒一葉(明和年間)によって初期の内容をととのえますが、さらに初世貞松斎米一馬(寛政)の出現により、正風遠州流として完成されます。 当時の公家・武家はもとより、一般の江戸庶民にうけいれられ、大いに流行しました。その様子は当時人気を博していた浮世絵の流行とちょうど軌を一にしていました。このことは、『嬉遊笑覧』という書物に、「江戸に近頃専ら行わる遠州流、石州流、宏道流などは何れといえども大方は遠州流と異らず」と書かれていることでもわかりますが、このように、江戸と関東を中心に遠州の花が全国にひろがったのです。文政年間には花配りの改良によって曲線美がますます強調されることになりました。 |
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| ■遠州歴代宗家(系統図) | |||||||||||||||
豪華と簡素というこの二つの流れの中から、江戸時代中期にいたって「生花」という新しい様式の花が生まれます。立華と抛入花を両親のようにして生まれた庶民の花で、複雑になった立華の役枝を筒素化するとともに、抛入花に格をあたえる形でそれは成立します。天、地、人の役枝を構成の基準にしたシンプルなスタイルの花ですが、天、地、人は同時に人間の歩むべぎ道を示すものと考えられたのです。 |
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| 正風遠州流秘傅 切紙口傅 正風切紙傅授巻より 諸花包形種々ある事 |
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![]() 挿花松之翠 |
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![]() 挿花衣之香 享和元年(1801)刊 |
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![]() 正風遠州流の伝書 |
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![]() 華神祭 |
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| 遠州は代を数えること十四代、七代の貞松斎米一馬をはさんで今まで四百有余年の年月をつみ重ねています。始祖貞松斎の遣訓に、「ことは古人にならいて、枝は当時の風体にすべし」という言葉があります。この教えをそれぞれ守りつづけて今日まで流の発展につくしてきたのです。その間、明治維新や第二次世界大戦後の混乱した人心の中で、花を通じて世相の安定に専念し、日々変化する科学文明に対処しながら、生活の中にとけこむいけばなの研究にはげんできたのです。曲線の美しい生花はもとより、生立華、盛花、投入花、現代花、新生花、正風花、ファッションいけばなポピンズ、さらに二十一世紀の花、現代花21など、新しい時代の精神をとりいれて、それぞれの進歩のための研究をつづけているのです。 |
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ジョサイア・コンドルは、英国人の建築家で、明治の初期に来日し、明治16年に「鹿鳴館」を建築した人物で、日本の建築界の恩人の一人であるといわれます。 外国人たちが、日本のいけばなに強い関心を持ったのは、華麗で曲の強い遠州流の花形に対してでした。 当時日本から海外へと流出をした浮世絵版画は、のちに、西欧の印象派の画家たちへ影響を与えますが、実は、遠州流の生花は、この浮世絵を通じて西欧のフラワーアレンジメントに影響を与えることになります。 浮世絵版画に描かれた日本のいけばなは、ほとんど遠州流の生花であって、美しい曲線によって構成されるライン・アレンジメントの形は、フラワーアレンジメントに新しい線による構成の美しさを表出する方法を教えることともなったのです。 |
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| THE FLORAL ART OF JAPAN J・コンドル著 明治32年刊 |
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| こうした外国人による評価は、逆に、あらためて生花の持つ芸術性を、形から始めてその精神性をも含めて日本人たちに再確認をさせる契機を与えることにもなりました。 明治23年に刊行された東洲勝月の「教育女礼式」という錦絵に描かれているいけばなは、遠州流の生花でしたし、明治27年に刊行された「明治節用大全」には、「古今遊芸指南」の第3章に「挿花」とあり、その沿革が述べられていますが、その挿花の指導法は遠州流のものです。 また、同年に刊行された「風俗画報」所載の挿花の紹介は花之本宗寿によるものですから、これもまた遠州流の師匠の手に成るものでした。 |
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| 遠州華道会本部 〒601-1123 京都市左京区静市市原町719-31 TEL 075-721-7831 FAX 075-721-7833 email honbu@ikebana-ensyu.com |
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